スマートフォンやPC、自動車など、いまやあらゆる産業で欠かせない存在となっている半導体。その需要が高まる一方で、製造を担う半導体製造装置には、これまで以上に高い精度と安定した稼働が求められるようになっています。
参照元:経済産業省 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/post5g/pdf/20230606_1.pdf(半導体・デジタル産業戦略 令和5年6月)
ただ、装置の性能を左右するのは、目立つ主要機構だけではありません。回転部への電力供給や信号伝送をどう安定させるかといった、見えにくい部分の設計が、装置全体の品質や稼働率に大きく影響することも少なくありません。
そうした内部で重要な役割を担っているのが「スリップリング」です。とはいえ、半導体向けでは一般産業用途とは求められる性能が異なるため、どのような要件を満たすべきか、何を基準に選べばよいのか迷う方も多いのではないでしょうか。この記事では、半導体向けスリップリングに求められる要件や選定のポイント、さらに設備の安定稼働につなげるための考え方まで詳しく解説します。
半導体の製造工程には、シリコンウェハーの成膜、エッチング、洗浄、検査など、さまざまなプロセスがあります。こうした工程の多くでは、ウェハーやセンサーを回転・旋回させる機構が必要になりますが、その際に課題となるのが「回転体への配線」です。スリップリングは、この課題を解決するために使われています。
固定された電源や制御機器から、回転するステージやアームへ直接ケーブルをつなぐと、回転に伴ってケーブルがねじれてしまいます。そのまま動かし続けると、絡まりや断線が起こり、装置停止(ダウンタイム)につながりかねません。
スリップリングを回転軸の接合部に組み込めば、回転による配線のねじれを防ぎながら、電気的な接続を維持できます。結果として、断線リスクの大幅な低減が可能です。
半導体製造装置の回転部では、動力用の電力だけでなく、ヒーターの温度制御、センサーからの微小な計測データ、高速な制御信号など、さまざまな電気信号をやり取りする必要があります。
現在のスリップリングは、電力供給に加え、アナログ信号、デジタル通信、高周波信号など、性質の異なる複数の回路を1つのユニットで同時に伝送できます。これにより、回転中でも途切れのない電力供給とデータ通信が可能になります。
スリップリングを使わずに回転機構を実現しようとすると、ケーブルのねじれを許容できる範囲でしか回転できず、たとえば360度未満の往復動作に制限されるなど、設計上の制約が生じます。
スリップリングを導入すれば、360度の連続回転が可能になり、装置の動作範囲を大きく広げられます。これは製造プロセスの効率化だけでなく、装置全体のレイアウト設計の自由度向上にもつながり、長期的な安定稼働を支える土台になります。
スリップリングは、半導体製造のさまざまな工程で導入されています。具体的な装置や伝送内容の例を見ていきましょう。
代表的な用途として、ウェハーを回転させながら研磨するCMP(化学的機械研磨)装置や、薬液を均一に塗布するスピンコーターが挙げられます。また、イオン注入装置の回転ディスクや、ウェハーを搬送するロボットアームの関節部など、動きを伴う主要なユニットの多くにスリップリングが内蔵されています。
熱処理装置やCVD装置などでは、ウェハーを均一に加熱するために回転ステージが用いられます。ここでは、ヒーターを加熱するための電力と、温度を正確に監視するための熱電対の微小な信号を同時に伝送する必要があります。ノイズに弱いセンサー信号と大電力の電源を、干渉させずに一本の回転軸で送るためにスリップリングが活躍します。
搬送ロボットの駆動用サーボモーターへの電力供給に加え、プラズマを発生させるためのRF(高周波)電源の伝送にも使用されます。さらに近年では、EtherCATやPROFINETといった高速な産業用ネットワーク通信に対応したスリップリングも普及しており、装置の高度な同期制御を支えています。
一般産業向けとは異なり、半導体製造装置向けのスリップリングには、よりシビアな性能が求められます。
半導体工場は基本的に24時間365日稼働します。スリップリングの摩耗や故障による装置の停止(ダウンタイム)は、生産計画に多大な影響を与えます。そのため、数千万回転から数億回転という長期の稼働に耐えうる耐久性が必須条件となります。
半導体製造は極めて清浄なクリーンルーム内で行われます。従来型の接触式スリップリングは、ブラシとリングの摩擦によって微小な金属粉が発生するリスクがあります。歩留まり低下を防ぐため、摩耗粉が飛散しない密閉構造や、真空環境に対応した低発塵仕様であることが強く求められます。
回転中に接点が不安定になると、電気信号にノイズが発生し、装置の誤作動やデータ欠損につながります。半導体向けでは、金や銀などの貴金属を用いた多点接触技術などを採用し、いかなる回転速度でも安定した通信品質を維持できる設計が重視されます。
要件を満たす製品を選ぶために、以下の仕様項目を事前に整理しておくことが重要です。
まずは伝送したい「電力の大きさ」と「必要な配線の数」を確認します。さらに、装置の回転軸にシャフトを通す必要がある場合は、中央に穴の開いた「中空・貫通型」を選定し、必要な内径サイズを指定します。
単なるオン・オフ信号だけでなく、熱電対などのアナログ信号や、ギガビットクラスの高速デジタル信号、映像信号など、伝送するプロトコルの種類を特定します。ノイズ対策として、シールドケーブルの指定や回路の分離設計が必要になるケースもあります。
常用する回転数によって、選定すべき構造が変わります。また、保守点検のしやすさや、欧州RoHS指令に代表される環境負荷物質の規制に準拠しているかも、グローバル展開する装置メーカーにとっては欠かせない確認事項です。
参照元:経済産業省 https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/other/index.html
スリップリングは技術の進化により、大きく分けて「従来型」と「高機能型」に分類されます。用途に合わせて適切なシステムを選択することが、工場運営の安定化につながります。
両者の主な特徴と違いを以下の表にまとめました。
| 比較項目 | 従来型(標準的な接触式) | 高機能型(高耐久・非接触式) |
|---|---|---|
| 伝送方式 | 金属ブラシとリングの物理的接触 | 光通信、電磁誘導、静電容量など |
| 発塵性・摩耗 | 摩耗粉の発生あり | 摩耗レスで極めてクリーン |
| 高速回転対応 | 中〜低速向け | 高速回転でも信号劣化が少ない |
| 初期導入コスト | 比較的安価 | 高価になる傾向がある |
| メンテナンス頻度 | 定期的な清掃・部品交換が必須 | ほぼメンテナンスフリー |
従来型は初期コストを抑えやすい反面、摩耗による寿命が明確に存在します。現場担当者の勘や「自力での場当たり的な寿命予測」に頼って運用していると、突然の断線やノイズ発生に気づけず、装置が突発的に停止する重大なリスクを抱えることになります。
半導体工場の経営効率化を図るうえでは、単に高機能なスリップリングを選ぶだけでなく、工場の生産管理システムや「保守部品の在庫管理システム」と連携した運用が重要です。スリップリングの累計回転数や稼働時間をモニタリングし、寿命に達する前にシステムから交換時期のアラートを出す仕組みを構築することで、無駄な在庫を抱えることなく計画的なメンテナンスが可能となり、利益率の向上に直結します。
メーカーを比較する際は、カタログスペックだけでなく、実際の運用を想定したサポート体制も重要です。以下の3つのポイントで依頼先を評価しましょう。
最後に、実際の選定プロセスにおいて陥りやすい失敗を防ぐためのステップを解説します。
「信号を送りたい」という曖昧な要件ではなく、RS-485、Gigabit Ethernet、USB3.0など、具体的な通信規格(プロトコル)を初期段階で確定させましょう。プロトコルによって必要な帯域幅やシールド構造が異なるため、ここが曖昧だと後から通信エラーに悩まされることになります。
要求されるクリーン度合いと、装置の目標連続稼働時間から逆算して、許容できるメンテナンス頻度を定義します。「絶対にラインを止められない」のであれば、初期費用が高くても高機能・非接触型を選ぶべきですし、定期点検のサイクルに組み込めるのであれば従来型でも十分に対応可能です。
自社の必須要件をリスト化し、複数のメーカーの製品仕様を比較表に落とし込みます。標準品で要件を満たせるか、あるいはセミカスタムが必要かを見極めながら、効率的に依頼先を絞り込んでいきましょう。
半導体製造装置への導入では、用途だけでなく具体的な通信プロトコルや、許容できるメンテナンス頻度を事前に整理することが成功の鍵です。突発的なライン停止リスクを下げるため、稼働管理と在庫管理の連携も視野に入れ、要件に合った製品タイプを選びましょう。
依頼先を比較する際は、カタログスペックだけでなく「実際の環境に近い試験データの開示」「1台からの小ロット・短納期カスタマイズ力」「半導体分野での具体的なサポート実績」に注目し、長期的に信頼できるパートナーを見つけることが大切です。
このメディアでは、設計・保守担当者が自社の条件に合う依頼先を見極められるよう、メーカー各社の強みを整理して紹介しています。
スリップリングの選定では、組み込む装置の種類や用途によって特有の要件があります。
ここでは、現場で特に求められる条件に対して強みを持つ3つのメーカーを紹介します。

フルカスタムでしか実現が難しかった、内径φ50mmクラスの中空軸に、大電流(各極数十A級)と1,000Mbpsの高速通信の混載要件にセミカスタムで対応。
短納期かつ低コストで、性能を実現できる。
「中空型」「軸端型」など既存のセミカスタム品ベースの設計でゼロからの専用設計が不要。
ノイズ対策や寸法調整といった要件を反映でき、試作1台からの小ロット発注にも国内一貫生産体制でスピーディに対応。

外径φ22〜30mmクラスに適合し、0.3Aの通信用回路を最大18極まで選べる小型シリーズを標準品でラインナップ。
CC-Link規格準拠のモデルもあり、規格ケーブルでのダイレクト接続が可能。
余分な慣性や抵抗を抑え回転機構に組み込んでも測定誤差が生じにくい軽量・低トルク設計。
質量26g・起動トルク0.005N·mのモデルなどがあり、回転ステージや治具でも精度を維持できる。

CTなどの大型医療装置のフレームを貫通できる内径1,397mmに対応。
限られた設計空間にも組み込めるため、既存の筐体寸法の制約内でも回転部の構成が可能。
最大1,000V・300Aの電力と、合計80Gb/s超えの画像データを、1台で同時伝送。
CTスキャナのX線管や冷却系を支えながら、装置内部の配線を簡素化できる。